高知地方裁判所中村支部 昭和53年(ワ)34号 判決 1980年6月12日
原告
川上昭男
ほか二名
被告
山本清水
主文
一 原告三名の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告三名の負担とする。
事実
第一申立
一 原告三名
1 被告は、原告川上昭男に対し金二五〇万円、原告堀川サト子、同山本貞子に対し各金一五〇万円及びこれらに対する昭和五〇年七月二六日以降各完済迄年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二主張
一 請求原因
1 本件事故の発生
(一) 日時 昭和四九年一一月二日午後三時四〇分頃
(二) 場所 高知県中村市大橋通一丁目二一九五番地先国道五六号線上
(三) 加害車両 普通乗用自動車(高五の一〇七一)
右車両運転者 被告
(四) 被害者 訴外亡川上茂樹(明治二二年四月一九日生、以下「訴外茂樹」という)
(五) 態様 加害車両が歩行中の訴外茂樹に衝突、同訴外人はは路上に転倒
(六) 結果 頭部打撲症及び挫創、脳振盪症、左下腿挫傷及び挫創、右膝関節挫傷等の傷害を受け、その結果同五〇年七月二六日死亡
2 責任原因
(一) 被告は加害車両の所有者であり、本件事故当時自己の為に運行の用に供していたものである。
(二) 従つて、自賠法三条により、訴外茂樹等の被つた後記損害を賠償すべき義務がある。
3 損害
(一) 訴外茂樹の死亡慰謝料相当額(本件事故後、入、通院、自宅療養を経て八月余で死亡)
(二) 原告川上昭男
(1) 訴外茂樹死亡による慰謝料相当額
(2) 近親者付添看護費五三万四〇〇〇円(要付添看護期間二六七日、一日当り二〇〇〇円)
(3) 入院雑費一万九八〇〇円(入院期間二一日、一日当り三〇〇円)
(4) 葬儀費三〇万円
(三) その余の各原告の訴外茂樹死亡による慰謝料相当額
4 相続
原告三名はいずれも訴外茂樹の嫡出子であり、また同訴外人の相続人の全てであるところ、同訴外人の有する前記損害賠償請求権を法定相続分に従い相続した。
5 弁護士費用
原告三名は本件訴訟の提起、遂行を原告代理人に委任し、原告川上昭男において着手金一五万円を支払い、勝訴の折原告各自少なくとも一五万円の報酬支払を約したが、その費用は原告川上昭男において三〇万円、その余の原告において各一五万円を下らない。
6 結論
以上の次第で、原告川上昭男は相続分及び固有の慰謝料として二〇〇万円、その余の損害として一一五万円余合計三一五万円余の、その余の原告は、各自相続分及び固有の慰謝料として二〇〇万円、弁護士費用一五万円合計二一五万円の各損害賠償請求権を有するところ、本訴においては一部請求として、原告川上昭男において二五〇万円、その余の原告において各一五〇万円とこれらに対する本件不法行為以後である昭和五〇年七月二六日以降完済迄民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する答弁
1 請求原因第一項(一)ないし(五)の事実は認める。同(六)は争う。本件事故と訴外茂樹の死亡との間には相当因果関係はない。
2 同第二項中(一)は認め、(二)は争う。
3 同第三項は争う。
4 同第四項は争う。
5 同第五項中、原告代理人への委任の点は認め、その余は争う。
6 同第六項は争う。
三 抗弁
1 免責
被害者である訴外茂樹は、左右の安全を確認することなく、突如看板の影から交通頻繁な幹線道路を横断し始めたものであつて、時速約三〇キロメートルで加害車両を運転していた被告にとつては制動距離内における被害者の認識は全く不可能であり、更には本件事故現場直近には横断歩道が設置されており、本件事故の原因は訴外茂樹の無暴な行動にあり、自動車運転者としての注意義務を十分に尽していた被告にはない。況んや、加害車両には構造上の欠陥、機能の障害のいずれも存しない。
2 示談
被害者である訴外茂樹と被告との間で、昭和四九年一一月九日、示談契約が成立しており、被告はこれに従つて全て履行している。
3 過失相殺
仮に被告に責任ありとするも、前示の通り被害者である訴外茂樹の過失は争えず、その割合は被害者九割、加害車両一割である。
4 一部弁済
被告は本件事故による損害額の一部として既に四〇万一一九五円を訴外茂樹に支払済である。
四 抗弁に対する原告三名の答弁
1 抗弁第一項は争う。
2 同第二項は認める。但し、損害の一部についての示談である。
3 同第三項は争う。
4 同第四項は認める。
五 再抗弁
被告主張の示談契約が本件事故に基づく全損害額についてなされたものだとすれば、同契約は被害者である訴外茂樹の死亡を予見しておらず、またこれを予見し得べきもなかつた本件事故直後になされたものであり、前提としての右訴外人の症状について錯誤が存したから無効である。
六 再抗弁に対する答弁
再抗弁事実は争う。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因第一項(本件事故の発生)中(一)ないし(五)の事実については当事者間に争いがない。
訴外茂樹が、本件事故後である昭和五〇年七月二六日死亡したことは甲第一〇号証(成立について当事者間に争いがない)によつて認めることができるので、先ず、同訴外人が本件事故によつて死亡したか否か、換言すれば同訴外人の死亡と本件事故との間に相当因果関係が存在するか否かにつき検討することとする。
1 本件事故発生と右訴外人死亡との間には約八ケ月余が経過しており、また、同訴外人は明治二二年四月一九日生で、本件事故当時満齢八五年であつたことは、前示の通りである。
2 甲第一、第二号証(証人森野隆の証言によつて真正に作成されたことが認められる)、乙第五号証(成立については当事者間に争いがない)を検討するに、最も早期(昭和四九年一一月一八日)に作成された甲第一号証によれば付添看護の理由として「歩行障害」のみを挙げているところ、その次(同五〇年二月二〇日)に作成された乙第五号証は、右理由に加えて「老齢」をも挙げている。そして、最も遅く(同五一年八月二日)作成された甲第二号証では「歩行障害」と「精神障害」を挙示している。また訴外茂樹が同四九年一二月二〇日訴外中村病院を退院した理由についても、乙第五号証は「治癒」とされているのに反し、甲第二号証では「中止」とされている。更に、病名に関しても「脳振盪」が記載されているのは、甲第二号証のみで、甲第一号証及び第五号証にはその旨の記載はない。加えて、後遺障害の有無についても甲第二号証は「有り」とし、乙第五号証は「無し」とする。そして、訴外茂樹の治療は膝部が主体であつたことも同証言が明言するところである。
3 前掲森野証言中には、一方では搬入時において、本件事故遭遇時訴外茂樹は一時意識が失くなつた旨聴取したとの供述があるが、他方、救急隊は同訴外人を搬入後直ちに訴外中村病院を離れたので意識障害の点については質す術はなかつた、訴外茂樹に質すも難聴の為確答は得られなかつた旨の供述も存在する。また、前掲甲第二号証中「脳振盪」の記載についての同証言は必ずしも明確なものではないが、全体的に見れば、(イ)自動車事故による路上転倒、頭部打撲、(ロ)頭部打撲の際、意識障害が現われることも少なくない、(ハ)従つて訴外茂樹においても脳振盪が生じたものと考えられるとの見地から、脳振盪と判断、記載したものと解して良いであろう。更に、同号証中の「老人性痴呆症状増悪し精神障害招来」なる記載についても同証言(明言は出来ないが、高齢者であれば頭部に対する外力が微少でも脳に変化を生じさせて痴呆症状を生じさせることもあると思う旨の供述、或いは頭部に対する外力の作用によるものか否かは判定出来ないが、頭部打撲があつたので前者と推測した旨の供述)に照らすと、推測の域を出ないものと解するのが至当であろう。
4 証人安藤英之輔の証言によれば、高齢者の場合、脳振盪が外傷性痴呆の直接の原因とは言えないが、間接的、誘因的な原因とはなるものと考えても差支えないというのであり、甲第四号証(同証言によつて真正に作成されたものと認められる)中の「老人性痴呆の病状を増悪させた要因となつたであろうとことは推定される」旨の記載部分も右供述の意と解される。また、同証言中は「訴外茂樹の老人性痴呆症は外傷性のものではない」、「発病(老人性痴呆)の始期も本件事故以前、死亡一年位前から徴候が現われていたと考えられる」旨の供述もある。そして、前述の間接的、誘因的可能性も脳振盪の存在を前提としていることは、同証言自体明言するところである。
5 証人川上留子の証言中には、本件事故直後訴外茂樹は意識を喪失していた旨の供述部分があるが、同供述自体伝聞であることに加え、右伝聞の際の状況に関する供述(血痕残存、折損バツクミラーの現出等)と乙第一号証(成立については当事者間に争いがない)の対比からして、同供述はたやすく措信し難い。
以上の諸点に照らせば、訴外茂樹の死亡の直接の原因となつた老人性痴呆発生につき、本件事故との間の条件関係の存在は仮に存在したとしても、遠因且つ微弱と考えられ、前掲安藤証言の如く、単なる可能性にとどまるものと解され、むしろ、高齢を直接の原因として本件事故後著明となつたと解する余地が大であり、結局、本件事故との間に相当因果関係ありと認めるに足らず、(成程、前掲森野証言中には、本件事故後一ケ月余で訴外茂樹には老人性痴呆の早期症状様が現われた旨の供述があり、この点は肯認して良いと思われるが、この点についても前掲乙第五号証の記載状況からして因果関係存否の資料としては重要視するに足るものとは解せられない。甲第七号証(成立については当事者間に争いがない)にも、この点についての特段の記載がないことも一証左となろう)、他にこれを認めるに足る証拠もない。
二 訴外茂樹と被告との間で、昭和四九年一一月九日、示談契約が成立していることは当事者間に争いがなく、右契約に基づき、被告は自己出損分として二一万円を支払済であること、自賠責保険金から治療費等一九万一一九五円を同訴外人において受領済であることも当事者間に争いがないから、傷害による損害賠償請求権は存在しないこととなる。
従つて、原告三名の本訴請求は、その余について判断する迄もなく失当として棄却を免れない。訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 澤田英雄)